自動ドアが開いて、二人は中に入りました。 たっくんは、ふだん自分が利用している店と、何かふんいきがちがうことに気づきました。どことなくゆったりしていて、通路も広く感じます。ちいちゃんが、 「こんにちは」 とあいさつしながら、お店の中を動き始めました。車いすでも楽に動ける広さです。メモを見ながら品物を探して、たっくんが持っているかごに入れていくちいちゃん。とても買物慣れしたようすです。たっくんは、ちいちゃんが車いすを使って、まちで楽しくくらしているすがたを見て、思わずつぶやきました。 「ちいちゃんって、本当にしっかり生きているんだな」 そのとき、女の人が話しかけてきました。 「ちいちゃん、こんにちは。ごめんね、ここになんて書いてあるのか、教えてくれない?」 ちいちゃんは 「シャンプー・リンス」 と読んであげました。 「ありがとう。いつも買っているシャンプーがないから、これでもいいかなと思って。ボツボツもついているしね。じゃ、これにするわ。ありがとう」 と言って、シャンプーをカゴに入れて、レジの方に行ってしまいました。 「今の人、だあれ?それに、ボツボツってなんなの?」 たっくんは、小さい声でちいちゃんに聞きました。 「あの人は、字を読んだり書いたりすることが苦手なの。だから、読めない字があると、周りの人に聞くのよ。まちがって買ったら大変でしょう?でも、一人でくらしてるのよ。ここで会ううちに、みんなと少しちがうところがあるだけで、とってもやさしくて、あったかい人だって分かって、お友だちになったの」 「へぇー。一人でくらしているって、なんかすごいね」 「わたしとたっくんは、同じじゃないよね。体も、頭の中で考えることも、できることもできないことも、みんな一人一人ちがうのよね。車いすの生活になってから、みんなと同じことができなくなって、みんな、同情したりなぐさめたりしてくれたわ。でも私、このままずっとこんなふうに、みんなに助けられていくだけだと考えたら、なぜかたまんなく悲しくなったの。私にだって自分でできることがたくさんあるはずなのに、その力がだんだんなくなっていくような気がして、とてもこわかったの。 だから、今は、できないことをくやしく思うよりも、できることをたくさん見つけようと思うようになったの。できないときには、たっくんだってだれかの力を借りるでしょ。さっきの女の人もおんなじよ。読めないからだれかに聞く。だれかが、そのとき手を貸してあげればいいんだよね。そうしているうちに、たくさんの楽しい人とお友だちになれて、とっても元気が出てきたのよ」 「へぇー。本当にちいちゃんてふしぎな女の子だね。だれとでもすぐに仲よくなれる特技を持っているんだね。確かにみんな同じだったら、不気味だよね。“ちがう”って、本当は当たり前のことなんだ。ところで、ボツボツって、なぁに?」 「シャンプーの容器の横に、でこぼこした印がついているの知ってる? リンスにはなくて、シャンプーと区別をしてるのよ。ほら」 ちいちゃんは、目の前のたなにあるシャンプーを取って、たっくんに手わたしました。たっくんは、それと、たなのリンスを見比べて、 「へぇー。知らなかった。でも、どうして、こんな印ついてるの?分かんないな」 と、首をかしげてしまいました。 「ちょっとごめんね」 二人の間に、犬を連れた男の人がわりこんできました。シャンプーの容器に手にふれて、 「これこれ。どうも失礼」 と、レジの方に犬と一緒に歩いて行きました。 ![]() 「分かった!」 とさけびました。買物をしていた周りの人たちが、いっせいにこちらを見ました。ちいちゃんは、少しはずかしくなりましたが、たっくんは、早く答えが言いたくてたまらなかったのです。 「この印は、目の見えない人たちが、シャンプーとリンスを見分けるためにつけたんだ。容器が同じ形だとまちがっしまうものね。ぼく、すごいだろう」 今度は、たっくんが、えばりんぼうになりました。 そのとおりです。でも、それだけかなってちいちゃんは考えたのです。 「たっくん、目の見える人だって、そのでこぼこの印があれば、かみを洗うとき、まちがわないですむわよね。それに、年を取ると、物が見えにくくなるから、お年寄りにもとても便利じゃない?」 「そっか。だれかのためにつけた印だけれど、結局だれもが使える印になっているんだね。すごいなあ」 たっくんは、感心してしまいました。みんなが使いやすいというのは、一番苦労している人の立場でものを考えることなんだ、ということを学んだのです。 二人は、買物カゴを持ってレジに行きました。お店の人がお客さんと身ぶり手ぶりでお話をしています。障害のある人のようです。たっくんは、ちいちゃんに耳打ちしました。 「もしかして、手話?」 「たっくん、だんだん分かってきたのね。そのとおりよ。お店にはいろんな人が来るから、お店の人もボランティアサークルで手話を勉強しているのよ。あのお客さんも、同じサークルのメンバーなのよ」 「どうして、ちいちゃんはそんなにくわしいの?まちのことならなんでも知ってる博士みたいだ」 「えっへん。だってわたしも、手話の勉強してるんですもの」 笑いながらちいちゃんは、たっくんにまだ教えていないことを、手品のタネあかしをするように話しました。 なんでもやっちゃうちいちゃんに、たっくんはまたまたびっくりです。本当に、今日はびっくりの連続です。 ![]() |

