その声を聞いて、いつもの元気を取りもどしたたっくんが、車いすを押そうとしましたが、なかなか前に進みません。 「たっくん、ブレーキがかかったままよ」 「そうか、どうりで動かないわけだ」 ちょっと頭をかきながら、たっくんは、ブレーキをはずしました。スーッと車いすが前に進みます。風が二人の顔に心地よく吹きました。きんちょうして固くなっていた体のブレーキも、一緒にはずれたようです。 たっくんは、鼻歌を歌いながら、やさしく車いすを押しました。 「たっくん、鼻歌なら上手に聞こえるね」 ちいちゃんもうきうきしてきて、一緒に歌を口ずさみ始めました。 「いいお天気で気持ちがいいね。ぼく、車いすの押し方、けっこう上手だろう」 ちょっぴり得意になって、せきばらいをしたたっくん。 そのとき、車いすの前にボールが転がってきました。たっくんは、あわてて車いすを止めました。ちいちゃんの体がぴくんとはねました。 「すみませーん」 キャッチボールをしていた男の子たちが、遠くから走って来ます。 「道路でキャッチボールは危ないよー」と、ボールを拾って投げ返したとき、 「たっくん、こわーい!」 ちいちゃんのさけび声があがりました。車いすが車道に向かって動き出したのです。 すぐに追いついたたっくんは、力いっぱいハンドグリップをにぎって、車いすを引っぱりました。あやうくちいちゃんの体は車いすから落ちそうになり、やっと止まりました。 「ごめん、ごめん。だいじょうぶだった?」 たっくんの胸がどきどきと、ものすごい速さでなっています。 男の子たちもかけ寄って来ました。たっくんは、大きく息をついて、ちいちゃんの顔をのぞきこみました。 「なんでもなかった?、ちいちゃん」 今にも泣き出しそうだったちいちゃんでしたが、すぐに気を取り直し、にこっと笑って言いました。 「たっくん、車いすを止めるときは、ブレーキをしっかりかけてね。歩道は平らに見えても、ななめになっていることが多いのよ」 男の子たちは、何度もあやまりながら、帰って行きました。 いつになくしゅんとなったたっくんに、ちいちゃんが明るく声をかけました。 「さぁ、気を引きしめて、出発進行!」 たっくんも気を取り直し、今度こそはと、ちょっとまゆを上げ、前をじっと見て、車いすを押し始めました。 歩道から車道へ下りるときには、ちいちゃんが前にたおれないように、車いすを自分の体の方に引き寄せて押し、車道から歩道へ上がるときは、自分の体を少し前にたおして、しっかり押しました。 段差があるところでは、 「キャスターを上げるよ」 と声がけをしてから、段差をこえるよゆうも出てきました。 だんだん慣れてきて、あの鼻歌がまた聞こえ出したとき、がくんと、車いすが前のめりになってしまったのです。 ちいちゃんが、あっと小さくさけびました。 今度は、キャスターがみぞに入ってしまったのです。あわてふためくたっくんに、 「こんな時は、ステッピングバーをふんで、キャスターを上げるといいのよ」 とちいちゃんが、やさしく教えてあげました。 「うん、わかったよ」 うなずきながらも、たっくんは、しみじみと思ったのでした。 『さっきより上手に車いすを動かせるようになったと思ったけど、とっさの時はなかなかむずかしいな』 そんなたっくんに気づいたのか、 「でも、たっくん、前より上手に車いすが上がるようになったわよ」とはげますちいちゃん。 「ちいちゃんが、ていねいに教えてくれるので助かるよ」 とお礼を言うたっくん。 こうして二人は、声をかけあい助けあって、進んで行きました。 『ふだん、歩いたり自転車に乗っているときには、気にも留めていなかったことなのに、こうやって、車いすでいろいろな体験をしてみると、不自由なことがたくさんあるんだな。でも、それに負けないで、元気に明るくくらしているちいちゃんって、本当にすごいなぁ!』 なんだか今までとちがった世界が、自分の中にぐんぐん広がってくるような気がして、たっくんは、思わず空を見上げ、大きく深呼吸をしたのでした。 |