北の総合診療医 - その先の、地域医療へ|ブナの森診療所1

黒松内町国保くろまつない ブナの森診療所

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2019.03.29 記事

プロフィール
北海道七飯町 出身
2011年 札幌医科大学を卒業後、勤医協中央病院に勤務し2年間の初期研修を修了
2013年から専攻医として勤医協札幌病院、道東勤医協釧路協立病院、
勤医協芦別平和診療所に勤務
2016年4月から黒松内町国保くろまつない ブナの森診療所に副所長として勤務
2017年4月 診療所の所長に就任
資格
日本プライマリ・ケア連合学会認定家庭医療専門医・指導医、
日本内科学会認定内科医、日本医師会認定産業医

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“福祉のまち”黒松内 町全体を診る診療所の総合診療

国の天然記念物に指定されているブナ林を有する“ブナ北限の里”。黒松内町は渡島半島の付け根に位置する人口約2850人のまちです。主要産業は酪農や農業ですが、介護・福祉施設が豊富な、日本で最も健康な町を目指す“福祉のまち”の顔も持っています。

黒松内町国保くろまつないブナの森診療所は、1952年から続いた黒松内町国保病院を19床の有床診療所に転換して2016年4月に開設。北海道勤医協を指定管理者として新たな体制でスタートを切りました。

診療所の所長に就いてから2年目を迎える勝田琴絵先生をはじめ、医療スタッフの方、そして鎌田満町長に、“福祉のまち”ならではの総合診療についてお話を伺いました。

“福祉のまち”における総合診療医の魅力

患者さんの人権を大切に自由に暮らしを選択できるようにする
それを守り希望を叶えることができるは総合診療医
何か気がついたらすぐに患者さんのもとに駆けつけます

診療所の所長を務めて2年

降りしきる雪の中に佇む築49年の建物。かつて国保病院だった建物が、現在のくろまつないブナの森診療所です。

外来、訪問診療と慌ただしいお仕事の中、取材に応じてくださったのは所長の勝田先生。去年4月、前任の寺田豊先生(北海道勤医協 家庭医療センター長)から所長職を引き継ぎました。

所長を担ってからまもなく2年目を迎える勝田先生に実感を伺うと、「私、肩書だけ所長で、楽しくやっているだけです」と笑顔で答えてくれました。持ち前の元気と明るさで、診療所をはじめ町内の介護・福祉施設のスタッフと連携して交流を広げる中で、勝田先生は地域医療への思いを深めています。

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学んでいく中で総合診療に魅了された研修医時代

医師を目指したのは、進路について考えていた高校時代。勉強したいことに沿って大学を選ぶという考えのもと、勝田先生が学びたいと思ったのが医学だったそうです。

「医師がどのような仕事をしているのか、あまり知らずに目指したところがあります。人の体のことがわかったら面白いかなくらいの気持ちだったんです」。

札幌医科大学に進んだ勝田先生は、専門の科を選ぶことに悩んだといいます。

「同級生たちは、内視鏡が好きだということで消化器内科を志望したり、カテーテルの治療が好きだから循環器内科を選ぶとか、目指す進路に結び付くものがありましたが、私はなかったんです」。

転機となったのは、卒業後に勤務した勤医協中央病院での初期研修。総合診療との出会いが勝田先生を突き動かしました。

「病棟での勉強が中心でしたが、外来や訪問診療を少し経験させてもらっているうちに、特定の疾患を診るよりも、このおばあちゃんを訪問診療で診る、入院しても診る、急に調子が悪くなって救急外来に来ても診るということのほうが面白いかなと思って、総合診療医の道に進んだんです」。

初期研修の最初のころは、得意分野がないのではという不安に駆られたこともあったようですが、「学んでいくうちに、一人の患者さんをいろいろなセッティングで診て、生活にも関われることがすごく楽しくて。患者さんを専門の科に紹介する場合でも、主治医は自分であることにすごくやりがいを感じたんです」と振り返ります。

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患者さんの生活を診て感じた総合診療医の役割

この診療所に着任したのは3年前。勝田先生が初めて目にする“福祉のまち”の姿がありました。

「発達障がいのある子供たちが暮らす施設もあれば、児童養護施設や身体障がい者の施設もあります。自分が知っている認知症や高齢者の施設ではないものもあったり」。

黒松内町は数多くの介護・福祉施設があり、入所者、従業員、その家族を含めると人口の3分の1の人が医療、介護、福祉に関わっているといえます。

「脊髄損傷や脳梗塞、神経難病の患者さんが暮らすリハビリセンターという施設があるんですが、こういった施設の存在は、黒松内に来て初めて知りました」。

こうした様々な人たちが暮らしている姿に、勝田先生は大きな刺激を受けたようです。

「知的な障がいがある方もいれば、下肢の麻痺で入居している人もいますが、私たちと同じなんだなと思います。同じように生きがいのようなものを探していたり、目標を持って生活している子がいます。生活の場を診て、『その人たちの暮らしを支えるのは自分なんだ』という総合診療医の役割が、より具体的にイメージできるようになった気がします」。

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町全体の医療を考えることにつながる環境

勝田先生は診療所での仕事だけではなく「丸ごと町の医療を考えることができるのが面白いですし、今その考えが少しずつ深くなっています」と、黒松内町全体の医療に目を向けているようです。

「『みんなが健康になるってどういうことだろう』、『病気とうまく付き合って元気ならいいんじゃないか』、『障がいのある人は健康じゃないのか』、『みんなが一緒に生きるってなんだろう』というようなことを、いろいろ考えさせられる町のような気がしています。この町は特に」と勝田先生。

患者さんの暮らしを支えるときに医療が役立っている

「眠れない、他の利用者さんと喧嘩してうまくいかないといった、患者さんの悩み事の相談にも乗っています」。勝田先生は病気だけではなく、暮らしの中で抱えている問題に積極的に関わっています。「病気のことを知っていれば、その人の性格の特徴や、こういうことで悩んでいるだろうということがわかります」。これを参考に問題の解決策を探していくそうです。

「ご本人の一番の希望を聞いてあげながら折り合いをつけていったり、第三の案を探したり。患者さんの暮らしを支えるときに、ちょっと医療が助けている感じが自分でもすごくわかって。それをやるのが総合診療医、これが自分の仕事のひとつだと思ってやっています」。

患者さんの生活を支えることに、医療が活かされていく喜びを感じているようです。

看護師さんから知り得た人々の生活史を診療に活かしていく

地方の小さな町ならではのこととして、「ずっと地元に住んでいる看護師さんがいたりして、住民たちの生活史を知っていたりします。『あの人は昔こういう仕事をしていて苦労していた』、『この人はずっとひとりで生きてきた』とか。そこにはその人が大事にしていることがにじみ出ていると思うんです」。

看護師さんから知り得た患者さんの生活史は、診療に大きく活かせることがあるそうです。

「例えば患者さんにがんが見つかり、手術するのかどうするのか提案するときに、生活史をヒントに『こういうことを大事にしていた人だからきっと手術するだろう』、『しないだろう』などと予想しながら提案できるのはすごくいいのかなと思います」。

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介護・福祉施設でのふれ合いと、多職種のスタッフとの交友

介護・福祉施設では“ふれあい祭り”など様々イベントが催されています。勝田先生は町民として普段着で参加、患者さんや入居者、スタッフと一緒に、ゲームなどを楽しんで親睦を深めています。

「この人はこういうときに笑うんだなあとか、今出している声は怒っているのではなくて、うれしさなんだと気づいていける。介護のスタッフさんに聞けばその人のことがよくわかる。こういう場が私は好きなのかもしれないですね」と優しい笑顔に。誰にでも溶け込んでいく親しみある人柄が伝わってきます。

「介護の現場で働く看護師さんやスタッフと町内のスポーツ大会などの行事で会えたり、一緒に練習したりして友達になれます」。

同世代の女性が多く働く“福祉のまち”ならではの環境の中で交友の輪を広げています。

施設のスタッフと同じ立場で患者さんの生活を診る

勝田先生が多職種の人たちと友達の距離になって感じたのは、「やっぱりまだまだ医療機関が上で、介護や施設は下というところがあると感じているので、そうではなくありたいなと思っています」。

施設のスタッフに寄り添って考えるようになり、「施設では医療的なことはできないことが多くあります。施設の人と仲良くなると、抱えている責任や病態が急変したときの心配や迷いなど、見えない苦労が多いことがわかってきます」。

施設で働くスタッフと同じ立場で患者さんの生活を診ているという勝田先生には、悩んでいることがありました。

「施設には病院に入院するべきか、施設で暮らすほうがよいのか迷っている人が結構いるんです。そういうときに、医師としてどうすれば介護施設の良さを活かしてあげられるのか。その人の抱えている不安を担保してあげられるのかというのが、今の悩みになっています。医師と施設のスタッフ、患者さんの思いがかみ合えば、過ごしたい場所で暮らすという希望を叶えることができるのではと…」。

患者さんの問題を解決するために、診療所と施設の合同カンファレンスや連絡会議をはじめました。

「直接、職員の方の声を聞くと、『こういう希望があるんだ』とか『自分たちは頑張りたいぞ』という気持ちが現場にあることが分かるので応援したいという気持ちになります」。

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スタッフ全員が同じ思いで患者さんを支える診療所

患者さんの気持ちに寄り添う医療がスタッフ全員の共通認識

19床を備えた黒松内町国保くろまつない ブナの森診療所の診療圏は、概ね半径20km。隣接する寿都町や島牧村、近郊の町村からも患者さんが通院し、現在1日に約70人が外来を受診しています。

具体的な業務内容は外来、病棟、救急、訪問診療、検診のほか、産業医や学校医の仕事も行っています。

40人ほどの職員が勤務している診療所。医師は勝田先生をはじめ、副所長の野村健次先生、柳谷玲央先生の3人体制。さらに前所長の寺田豊先生など、他にも診療支援を受けています。

多職種が協働する診療所スタッフ全員で目指していることはあるのでしょうか。この質問には「特に決めてはいません」とのお答えでしたが、みなが同じ思いで患者さんを支えていると話してくれました。

「患者さんの人権を大切に自由に暮らしを選択できるようにする。最期まで自宅で暮らしたいという希望や、住み慣れている施設で最期までと思いがあればそれを叶えたい。患者さん本人の意向を聞き、それを守るというのはみんなの共通認識です」。

ひとつ例を挙げていただくと、「自宅での看取りは少ないですが、家族の意向と患者さん本人の意向を真剣にみんなで共有することが大事だと思うんです。でも、本人の意向がわからない時は『本人は多分こう思っているのかな』ではなくて、ケアマネージャーや包括支援センターの職員など、本人・家族をよく知る方々に同席してもらい、家族・スタッフ面会をしています」。

患者さんが本当に望んでいる最期に、すべての職員が協力したいという姿勢なのだそうです。

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介護・福祉施設の数が多い、地域での訪問診療

数多くの介護・福祉施設を抱える町での訪問診療はどのように行われているのでしょうか。

「訪問介護や訪問看護との連携を大切にしています。また、診療の継続性維持のために、同じ医師が訪問するようにしています」。

訪問診療の範囲は広く、隣の寿都町や長万部町にも訪問しており、「施設の訪問診療はすごく人数が多いんです」と勝田先生。個人宅は40名ほどで施設は180名あまり。施設の診療所では多いところで1日20~30人の患者さんを診ているとのこと。顔を覚えるのが大変そうですが、頼りになるのは訪問先の施設の看護師さんの存在。「看護師さんは100人位の患者さんを覚えていて、すごく情報を持ってくれているので私たちの仕事に役立っていますね」。

患者さんのもとにすぐに駆け付ける訪問診療の体制

「患者さんの調子が悪いときは、空いている医師が誰でも臨時往診できるようにしています。そして早めに診療所を受診してもらっています」。

ここでの訪問診療のモットーは“何か気がついたらすぐに患者さんのもとに駆け付ける”こと。

「患者さんの病状の変化を常に早めにキャッチして、『調子が良くないぞ』とか『いつもと違うな』と気づいたら往診を早めに行くようにしています」。

“すぐに駆けつける”のは、もはや当たり前の習慣になっています。「医学的な診察が必要かどうかよりも、患者さんに安心してもらえるのであれば、今日のうちに行こうという思いでやっています」。これには前所長の寺田先生の指導もあったようですが、「患者さんが必要だったらいいのかなという感じです」。患者さんを第一に考える勝田先生の思いと自主性が、迅速な行動ときめ細かい対応の原動力になっているのかもしれません。

勝田先生の提案で誕生した診療所の部活動

リーダーシップやチームづくりは総合診療の大事な要素

多くの職員が集う部屋に様々なポスターが掲示されていました。これについて聞いてみると、「診療所では現在5つの部活動をしていて。年に1回ポスターセッションにして活動内容を発表しています」とのこと。

部活動は2年前に勝田先生の提案で始めたもの。診療所の玄関に花を植えたり野菜を作る「美花部」。院内行事紹介や新しい職員紹介のビラを待ち合いに設置したり、感謝カードの取り組みを行う「職員キラキラ部」。町内のスポーツ大会への参加をうながしたり、運動レクリエーションを企画運営する「健康づくり部」。子供の待合スペースの整理や、手洗いの方法を学べるポスター作りなど、子供に向けた活動をする「やんちゃクラブ」。町の行事などを宣伝する「まち部」は、地域で開く健康相談会や介護保険制度などの学習会を企画してポスターも作っています。

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「それぞれ5人ほどの小さい単位にして、医者、看護師、事務、薬剤師など、必ず異なる職種が入るチームになっているんです」。これも勝田先生のアイデア。「アウトリーチという視点で地域に出て行く、町の人みんなとつながる、開かれた診療所などのキーワードにつながる活動だったら、何をしてもいいですよという風にしています」。アイデアに込めた思いを、勝田先生は次のように語ってくれました。

「小さい単位で自由にやるようにするとみんなが個性を発揮するので面白くて。野菜作りが好きなパートさんが率先して畑を耕したり、運動が得意ではない人が『黒松内に来たからにはやりたい』という感じで運動部に入っていて、スキー合宿などを企画するんです。大勢の前や会議では言えないことも、5人ぐらいのチームならば言ったことを小さく実現できたりして。そういう形で、全員が診療所づくりに参加して、みんなに考えてもらったほうがいい」。

リーダーシップを発揮している勝田先生。スタッフの自主性を広げていくことで、患者さんに親しみを持って来てもらえる診療所づくりを目指しているのだと感じます。

「リーダーシップやチームづくりは、総合診療で学ぶ大事なところだったりすると思います」。

町の職員とも連携して親しく交流

「町のサークルにも診療所のスタッフが職員が参加していて仲が良いです」。

夏に開催される黒松内町最大の焼き肉のお祭り「ビーフ天国」。前夜祭には、診療所のすべてのスタッフが浴衣を着て参加。町の職員と一緒に黒松内音頭を踊るんだとか。

総合診療医の仕事だけではなく、町の介護・福祉スタッフとの交友を広げていく勝田先生は、仕事とプライベートの境目がないような忙しい日々を送っています。休みの日はないのではと心配したのですが、「小さい町なので、そういうものかなという感じ。単純に自分がやりたいかどうかで決めているので大丈夫です」と、これまた当たり前のことのように話してくれました。

総合診療医を目指す人たちへのメッセージ

総合診療の研修をしていた時代、中規模の病院での勤務を経験した勝田先生に、診療所と病院で学べることの違いを聞いてみると、「外来については、大きな病院のほうが重症の患者さんが多く来ると思うので、病気の学びとしては病院の外来が一番学べるのかなという気がするんです」とのこと。その上で「私は初期研修のとき、患者さんの暮らしを診ていく方向に変わっていったのですが、病院で働くとしても、診療所の医療も知った上で病院で働けると、医師としてはすごくバランスいいのかなという気がします」。

地域にどっぷりと根差し、公私の境目もないような多忙な日々を地域医療に奔走する勝田先生。

「患者さんの人権を大切にして意向を聞き、その人の希望を叶えていくことは、総合診療医として大切でやりがいのあることです。総合診療にぜひ飛び込んで来てもらいたいと思います」と、医学生や総合診療医を目指す人たちへのメッセージを寄せてくれました。

黒松内町国保くろまつない ブナの森診療所のほかの
医療スタッフや町長のインタビューもご覧ください

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