黒松内国保くろまつない ブナの森診療所
- プロフィール
- 北海道札幌市 出身
2015年 札幌医科大学を卒業後、勤医協中央病院で初期研修
2017年 専攻医として倶知安厚生病院 総合診療科に勤務。
2018年4月から黒松内町国保くろまつないブナの森診療所に勤務
「患者さんにどのようにその人らしく過ごしてもらうかということ。これは病気をどう治すかよりも、もっともっと壮大で難しいテーマです」。専攻医2年目の柳谷先生は、正解がないという総合診療のテーマに向かって邁進しています。
黒松内町国保くろまつない ブナの森診療所に勤務して1年が経とうとしている柳谷先生。小さな町に暮らす人々の生活を診ることに喜びを感じながら、自分らしい総合診療のあり方を追い求めています。
降り止まない雪の中を、訪問診療に車で出かける柳谷先生と看護師さん。患者さんのご家族に協力していただき、訪問診療の様子を取材しました。患者さんのお住まいまでは診療所から約2km。
患者さんはご家族と暮らす高齢の男性。認知症を患い、この日は目を閉じたまま言葉を発することはありませんでしたが、体を撫でながら話しかける柳谷先生、聴診器で体の状態をチェックします。優しく見つめる柳谷先生の眼差しから、患者さんに寄り添う思いが伝わってきました。
ドラマに描かれた総合診療医に魅了された学生時代
子供のころから人のためになる仕事に就きたいと思っていたという柳谷先生。「医者ということを強く意識したのは高校生になってから」だそうです。総合診療の道を進んだきっかけについて聞いてみると、
「学生のときに『Dr.コトー診療所』というテレビドラマを見たんです」。
それは、医療設備もままならない離島で孤軍奮闘する医師の姿を描いたストーリー。
「島の人のために働く医師の姿、どんな人でも診るという姿勢が、医者として素晴らしいなあと感じて、こういう医者が自分の目指すところかなと思いました」。
医師になってまもなく5年目を迎える柳谷先生は、自分の理想とするところに少しずつ近づけていると感じているそうです。
「幅広くあらゆる疾患、どんな相談もまずは受け止めて、だいたいの疾患はなんとなく診たらわかりますし、どんなことを聞かれても、ある程度の対応ができるようになってきたと思います」。
診察室ではわからない患者さんの生活を診ることができる
専攻医1年目の去年、倶知安厚生病院に勤務した柳谷先生は、訪問診療の機会は少なかったそうですが、黒松内に来てからは「往診の患者さんはもちろん、往診以外でもちょっと気になる患者さんや、家庭状況がどうなっているのかなと気になったら、進んで自宅に訪問するということを頻繁にやっています。診察室だけでは見えてこない患者さんの生活のことが、すごく見えてくるようになりました」。
地方の小さな町で働くことで、総合診療の道に進んで正解だったと感じることが多いそうです。
小さな町の診療所ならではの魅力
「病気を治療することだけではなくて、患者さんがその人らしくその地域で過ごすこと、その人らしい選択を支援できることが一番の魅力だと思うんです」と総合診療の魅力について語る柳谷先生。
ここでは患者さんの思いやニーズを意識する機会が多くあり、「こういう環境で学ぶことで、その人らしい生活を含めて診ていけるという感じがあります」。
黒松内での仕事に魅力を感じ、仕事を支えている基盤となっているのは、スタッフがお互いの能力を出し合って協働していることのようです。「自分がしたいと考えていること、患者さんの困り事や希望していることに対して、じゃあちょっと診に行ってみようという気持ちで、すぐに行けることが大きな魅力かなと思いますね」。
どこに行っても町の人々が診療所の医師やスタッフを受け入れてくれることも、働きやすさにつながっているそうです。
「気さくに『一緒に何々しよう』、『何々を食べに行こう』などと、いろいろなところで声をかけていただくことが多くて。地域の住民に溶け込んで一緒にいる感じがします。仲間のように接してもらえるのがありがたいですね」。
患者さんのニーズに合わせた診療のやり方が学べる環境
「今までは『こんな患者さんが来たらこんな検査をして』というように、通り一遍のようにやっていたことが、患者さん一人ひとりに合わせて必要なことをするようになりました」と柳谷先生。
ここに来てからは、診療のやり方も変わってきたようです。
「大きい病院だと検査がいろいろできるので、ちょっとした頭痛でもCT、MRIで画像が撮れたりしますが、ここにはMRIはありません。この環境から、患者さんの気持ちに寄り添う診療の方法を学ぶことができたんです」と柳谷先生。例を挙げていただくと、
「本当に頭が痛い患者さんもいれば、気持ちの面からの頭痛である患者さんもいます。CT検査をするかしないか判断するときも、僕らで診察をして必要な人には検査をする。この人が求めているのは検査ではなくて、僕が話を聞いてあげることが大事だなと思えば、時間をとってゆっくりお話を聞いてあげることで満足して帰られる方もいます」。
町、介護・福祉施設との連携に課題も
柳谷先生に診療所の課題について聞いてみると、町や介護・福祉との連携だといいます。
「診療所は3年前に、黒松内町国保病院から勤医協の診療所に生まれ変わりましたが、町の保健師さんなどとの連携は、まだうまくとれていないところがあります」。
町に多くある介護・福祉施設は勤医協と別の組織ですが、「組織が違うところとの連携という部分では、うまく情報のやりとりができなかったり、認識がうまく伝わりにくかったりして、改善の余地があるのかなと思います」。
地方の町ということもあって、診療所も施設もスタッフが定着しないと柳谷先生は話します。
「人が入れ替わるたびに少しずつ関係を築いていく部分もあって、一貫した関係を築けているかとい うと、少し課題が残るかなという気がします」。
新しい診療所で目指したいこと
黒松内町国保くろまつない ブナの森診療所は、11月に移転新築してオープンします。それに向けて柳谷先生に思い描く目標を聞いてみました。
「患者さんに温かみを持ってもらえるような診療所にしたい。患者さんへの対応をより温かく密接なものにしていけたらいいなと思っています。設備が少し整うので、今までなかなか踏み込めなかった地方における救急医療という部分も充実できたらなと思っています」。
新しい診療所は、地域医療の可能性を広げてくれるのではと、柳谷先生は期待を寄せています。
「どうしても小さな診療所だとできることは限られますが、田舎に住んでいることで受けられない医療、諦めざるを得ない医療を少しでも減らしたい。できることをもっともっと拡大して、大きな病院との連携がうまくできるようになればいいなと思っています」。
総合診療医を目指す人へのメッセージ
総合診療医を目指す人たちに、柳谷先生からメッセージをいただきました。
「総合診療の魅力は、大学の勉強だけではなかなか伝わりにくい部分が多いかなと思うんですけど、実際に地域に出て患者さんの笑顔を見たり一緒に過ごしてみたり、そういったところでたくさん気づけることがあり、きっと面白みがあると思います。
疾患の勉強だけじゃなくて、その人にどのようにその人らしく過ごしてもらうかということは、病気をどう治すかよりももっともっと壮大で、もっともっと難しいテーマです。正解はないですけれども、それをみんなで考えて実践していくというのは、この上ない魅力だなと思います。
ぜひ、もし興味がある学生さんがいたら、黒松内に来てもらいたいなと思います」。