黒松内町国保くろまつない ブナの森診療所
2019.03.29 記事
1952年から町の医療を支え続けた黒松内町国保病院に訪れた医師欠員の危機。指定管理者制度を導入して北海道勤医協による運営に転換し、2016年4月に黒松内町国保くろまつない ブナの森診療所は開設されました。
町の医療の存続に奔走した鎌田満町長に、その経緯を振り返っていただき、多くの介護・福祉施設がある“福祉のまち”における診療所の役割と、総合診療への期待についてお話しを伺いました。
医師確保の問題に直面した黒松内町
黒松内町の姉妹都市である愛媛県西予市の市章が飾られた町長室。取材スタッフを暖かく迎えてくれたのは現在2期目の鎌田満町長です。4月に開設から4年目を迎える診療所についての思いを伺うと、「本当に総合診療の先生に来てもらって良かったなあと思っています」と診療所へ感謝のお言葉。
医師を確保することに道内の多くの自治体が悩みを抱えていますが、鎌田町長も痛いほどにその苦悩を知るひとりです。
「どこも苦労していますよね。黒松内は本当に良かったなと思いますね」。
鎌田町長が就任したのは2013年1月。「当時、国保病院には医師が3名いて、順調に町の医療を担うことができていました」。
ところが、就任して1年も経たないうちに暗雲が近づいてきたのです。
「3名いた医師のうち2名が『都合により辞めたい』という話が出まして、これは大変だということになったんです」。
道に後任の医師の手配を依頼する一方で、自らも手を尽くして探すももの、一向に医師が見つからない日々。さらに追い打ちをかける事態に見舞われました。
「医師の他にも医療スタッフ、臨床検査技師や薬剤師、看護師もかなり高齢になっていまして、5年以内に定年退職者もかなり出るということになって。医師を探すだけでも大変なのに、薬剤師、看護師まですべて補充するとなると、これは至難の業でした」。
鎌田町長は町の医療の存続をかけ、指定管理者制度を導入することを英断しました。
「議会で説明して議員の方にも了解を取って、一緒に指定管理者を受けていただける医療機関を探しましょうというのがスタートでした」。
医師不足の危機を乗り越えた指定管理者制度への転換
鎌田町長は、道内で指定管理者として診療所などの運営を行っている、3つの医療法人に出向きお願いし協議を進めましたが、
「黒松内の状況を理解しつつも、すぐに要請に応えて受けられる体制にないという回答でした」。
医師が2人辞めるまでの期限が刻々と迫る中、「私としては一刻も早く指定管理に切り替えたいという一心でした。医師の確保は努力しているだけでは済まされないんです。結果が出ないと」と当時の心境を語ります。
さらなる協議を重ねていく中で、要望に応えてくれたのが北海道勤医協でした。勤医協からの要望を受け入れて病院から有床診療所への転換を決意。開設に向けて大きく動き出したのです。
診療所の役割として掲げた4つのポイント
住民の医療と健康を第一に考えた鎌田町長が、指定管理者と受託契約を結ぶ条件として、4つのポイントがありました。これは町全体の医療、健康を見据えた診療所の大きな役割となっています、
1つ目は総合診療医に来てもらうこと。「小さい町ですから、一次医療に特化した医療機関にするべきだろうと考え、総合診療医がふさわしいと思いました」。
2つ目は「救急車も自前で持っていますし、2次医療圏も遠いので救急を受けてもらうことです」。
3つ目は入院ができる病床を持つことです。「国保病院は40床でした。そこまでは望まないけれども、やはりベッドを残さないと住民の理解は得られないというところもありました」。
4つ目は医療だけではなく、介護や福祉、健康づくりにおいても診療所として役割を担って欲しいということでした。「黒松内は福祉施設がたくさんありますから、そこの面倒も見てくださいねと。町民の幸せを考えると、医療や保健、健康づくりにおいて、保健や福祉と連携したプライマリケア、地域包括ケアのようなものに、しっかり取り組んでもらうことが必要なのです」。
指定管理者制度への難題は国保病院の職員の処遇
指定管理者が決まったものの、解決しなければならない難題は山積していました。
「国保病院で働いてきた職員の身分のことが一番頭が痛かったです。職員のみなさんに申し訳ない気持ちがありました。指定管理となって引き続き診療所で働く場合は、町の職員ではなくなるんですね。指定管理者である勤医協の職員になりますので」。
国保病院の職員は給与、役職、勤務体系が変わり、民間の医療機関の風土に馴染まなければなりません。
「職員と話を十分にさせてもらいながら何とか、本当に何とか理解していただいて指定管理者に引き継いだのです」。こうして困難を乗り越えて誕生したくろまつないブナの森診療所。
「おかげさまで4月に4年目を迎えますが、順調に進んでいると思います」。
他の町と産業構造が異なる“福祉のまち”で診療所の役割は大きい
「黒松内の周りの町村は農業、漁業地帯です。黒松内町はもちろん農業はありますが、サービス業のような福祉で成り立っているようなところがあるんです」。
黒松内町は2850人ほどの人口のうち、介護・福祉施設の入所者、従業員、その家族まで入れると、3分の1にあたる約1000人が福祉に関係しています。定員70~80人ほどの大きな福祉施設だけでも7〜8施設はあるといいます。
「他の町とは産業構造が違う“福祉のまち”なんです」。
“福祉のまち”の医療と健康を支える診療所の役割は大きいと、鎌田町長は話します。
「診療所の医療が安定したことで、たくさんある福祉施設と深く連携ができています。医師の配置を必要としていない施設でも診療所からいろいろ協力してもらい、施設側もスムーズに運営ができるようになったと思います。それは施設側も喜んでいると思いますよ」。
鎌田町長は、「診療所には今でもたくさんやっていただいているんですけども」と前置きした上で、「医療の提供はもちろんのこと、それ以上にもっともっとお願いしたのは、福祉や介護との連携の強化や在宅診療です。面積も結構広く人口が少ない町では、独居老人のような人が点在して暮らしています」。
そうした高齢者たちの不安解消のためにも、鎌田町長は診療所に大きな期待を寄せています。
職員の教育が徹底したことで高まる診療所への信頼感
民間の運営になってどのような変化があったのでしょうか。
「国保病院の時代は町長までいろいろな苦情が聞こえていたんです。町民から『職員の態度が横柄だ』、『対応が悪い』というクレームが結構あったんですが、おかげさまで勤医協さんに変わってからは少なくなりましたね」と打ち明けてくれました。
「民間の運営になって、職員の教育などが徹底されている部分が一番大きいかな」。
かつて国保病院の職員だったスタッフも、勤医協のスタッフにすっかり溶け込んで協働し、仕事を離れてプライベートでも町の行事やまちづくりに参加しているそうです。
「最近はお葬式などに行くと、家族の方から『診療所のあの先生にずっとお世話になったんです』と感謝されます。先生方にはケースによっては看取りまで診てもらっていますので、そういう声を家族の方々から聞かせていただけると、私としても嬉しいですし、間違いなかったなという気がしています」。
指定管理者制度への転換で町の財政も変化
また、指定管理者制度に転換したメリットについて、「医師はもちろん看護師や薬剤師も、お任せしていても責任持って来てもらっています。そういう意味では、人口減少や流出対策にもつながっているかもしれないです」と鎌田町長は話します。
町の財政についても大きなメリットがあるといいます。
「国保病院時代に赤字だった負担がかなり軽減されて、町の持ち出しは少なくなっています」。
負担が軽減された分は少しでも町民に還元しようということで、学校給食費も無料にしています。
「住民サービスのほうに予算を振り向けていると言っていいでしょうね。医療サービスが低下するどころか、むしろ良くなっているわけですし、言うことはないですね」。
くろまつないブナの森診療所は11月に移転新築オープン
築49年の国保病院時代の建物を再利用している診療所は、11月に近くの場所に移設してオープンする予定です。
「寿都町から長万部町にかけて黒松内低地断層という断層帯が走っていまして、その上に黒松内は位置しているんです。このため直下型の地震への対策は他の町村に比べると、より意識した防災・減災対策を進めています。その中で医療について考えたときに、診療所は老朽化が進んで耐震改修しなければならない。それならば一気に新しい施設にしようということで、新しい診療所を建築しています」。
災害を意識した新しい診療所ということですが、どのような特徴があるのでしょうか。
「2階建ての施設が完成しますが、スタッフの目が行き届くように2階には病室を設けず病床はすべて1階のフロアに集約しました。地震だけではなく川が近いので水害も意識して、災害時には電気がしっかり確保できるように、重要な電源を2階に設置します」。
新しい診療所、総合診療医に期待すること
様々な活動の拠点になる新しい診療所。これからの診療所、そして先生方に期待していることについて伺いました。
「施設の新設に伴って医療機器もそれなりに新しくなります。整った施設の中で、地域の医療の提供はもちろん、災害時の対応もしっかりお願いしたいと思っています。少しでも住民のニーズ、要望に応えていくような施設になって欲しいです。黒松内は“日本で最も健康な町”を目指しています。健康というところにも特化したまちづくりができればいいだろうと思っています」。